カテゴリ:映画( 33 )

 

敵こそ、我が友 (Mon Meilleur Ennemi )

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元ナチSSの高官、クラウス・バルビーの生涯を描いたドキュメンタリー。
ゲシュタポ責任者としてフランスのリヨンで残虐な行為を行い、87年にフランスで終身刑の判決を受けるのだが、その間、約40年間の逃亡生活がすごい。
戦争後、アメリカの情報機関は、反共の専門家としてバルビーを好待遇で雇い入れる。戦犯としての彼を庇いきれなくなると、バチカンを通してボリビアへ逃がす。そこでも、情報提供者とのネットワークやゲリラ戦の戦い方、拷問のテクニック等を武器に、軍中枢に食い入る。1967年のチェ・ゲバラの暗殺を指導したとも。また、映画では、ボリビアの労働組合運動活動家が、彼の指揮下で受けた拷問について、涙ながらに証言をしている。彼の信条は戦中・戦後一貫しており、アンデスでの第三帝国復活に向けても活動を行っている。そしてその背後で支援をしたり、動向を知っていながら黙認したりしていたのはアメリカ。

1時間半だが、内容はかなり凝縮されており、いろいろなことを感じた複雑な映画であるが、そのうちの一つは、やはり法的裁きの限界。彼はナチハンターにより、40年を経て逮捕されるのだが、リヨンでの裁判では、当然のことながらリヨンで彼が行った拷問の数々について、口を割るまで一本ずつ歯を抜き取るといって拷問された等等衝撃的な証言がされ、最終的に「人道に対する罪」で終身刑となるのだが、そこでは戦後の彼が行った行動については何も触れられず、彼の弁護士も、彼は指示に正確にしたがっていただけで、ベトナムでのアメリカ将校や、アフガンでのロシア将校等の活動と同じではないかと主張している。だが、実際に、彼がボリビア入りしたことで、軍部の取り締まりは強化され、それによる被害は拡大したのは事実である。

また、反共のためとはいえ、ナチ親衛隊を雇い入れ、庇いきれなくなると南米に逃がすというアメリカ。その経験、人脈を巧みに利用した南米政府。バルビーが、みんなで自分のことを利用しておきながら、裁かれるときは自分のみとコメントしていたというが、本当にそうである。

バルビーは60年頃、フランスのナチハンターに見破られ、捕まりそうになるが、実際に逮捕されるにいたるのはその20年後。ボリビアから彼の引渡しを求めるに際し、ミッテラン大統領下のフランスはかなりの資金提供を行ったらしい。彼の引渡しを求めるというところでも、また、国家の政治的配慮が大きく働いている。
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by yokopw | 2008-07-27 11:21 | 映画  

善き人のためのソナタ (Das Leben der Anderen/ The Lives of Others)

すばらしい映画である。f0064307_17123872.jpg
1984年の東ベルリン。国家保安省(シュタージ)のヴィースラー大尉は、徹底した尋問により西ドイツ亡命への協力者等、共産主義体制に背く人々次々に検挙。彼の揺るぎのない共産主義への忠誠は、しかし、劇作家ドライマンとその同棲相手の舞台女優クリスタの監視により、激しく揺さぶられる。そして、上層部に対し、ドライマンの反体制活動を隠すようになる。自分の立場を危険にさらしても・・・

ドライマンもまた、友人の死を前に、劇作家として活動を続けるため、体制が好む言動しかしてこなかったことに、価値観をゆさぶられていた。劇作家として、あるいは舞台女優として活動するために、体制側に媚を売らなければならない一方、体制側はその足元を見て、女優をほしいままにくどく。共産主義に、また職務に忠実であったヴィースラーは、24時間の2人の監視及び盗聴から、2人の苦悩をつぶさに観察し、そして感情が移入してしまう。

ドライマンの西ドイツへの匿名寄稿を黙認し、それがクリスタの裏切りにより幹部にばれた決定的瞬間にも、彼はドライマンのアパートから証拠品であるタイプライタを盗み出すことで、彼の窮地を救う。これにより、彼は幹部からの信用を損ない、降格されることとなるのだが。

この映画自体はフィクションだが、シュタージ(ナチスドイツのゲシュタポ、ソ連のKGBのような存在)の尋問の仕方や情報提供者の活用の仕方など、詳細に調べ上げており、実際、シュタージに尋問を受けた多数の映画関係者も作品制作に関与しているようで、時代背景等ノンフィクションさながらである。
特にヴィースラー役のウルリッヒ・ミューエ(Ulrich Mühe)の、最初は能面のような無表情さが、次第に微妙に感情を表すようになってくる演技がすばらしい。演技を超えた、彼の生き様の反映なのかもしれない。彼は東ドイツ出身で旧東ドイツ時代には、シュタージの監視下におかれており、当時の妻であった女優イェニー・グレルマンがミューエの行動を監視し密告していたと言われている(グレルマン本人はこれを否定

東西ドイツ統一後、ドライマンは政府に自分の個人情報の開示を請求し、ヴィースラーの存在をしることとなるというストーリー展開も驚いた。徐々に国が民主化するというのではなく、東西統一により、西側の法制度を一度に適用したからこそ可能となったのであろうが、一方、拷問をしたシュタージが誰かといったことも明らかになるわけで、混乱も多かったであろう。

これは2006年のドイツ映画。東ドイツを扱った映画として、「グッバイレーニン」/a>
f0064307_17242177.jpg  や「トンネル」を見たが、どれもすばらしい映画である。
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by yokopw | 2008-04-13 17:11 | 映画  

アボリジニに対して謝罪

13日にオーストラリアのラッド首相は「首相として、政府として、また、議会を代表してお詫びする」と、アボリジニに対して謝罪。

f0064307_21354988.jpgオーストラリア政府は1800年半ばから1970年頃まで、アボリジニの子を親から引き離し、養育施設や白人家族に預けて育てる同化政策をとっていた。約10万人(その間のアボリジニの子の1/3)が対象となり、「盗まれた世代 (stolen generation)」と呼ばれている。

この政策を初めて知ったのは、映画「裸足の1500マイル(Rabbit-Proof Fence)」を見たとき。無理矢理親から引き離された姉妹は養育施設に入れられ、白人と同じような生活(もちろん英語)を始めるが、馴染めず、脱走してうさぎ用のフェンスを目印にひたすら1500マイル歩いて部族に戻るっていう実話。比較的最近までこの政策が続いていたというのがさらにショックだった。
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小さい子供の時に強制的に連れ去られ、その後二度と親と会えなかったり、運良く会えたとしても言葉が通じず会話ができなかったり、アボリジニの文化や慣習が全くわからず一緒に住めなかったり…。文化を問わず、子供の時に親から引き離されるというのは、親にとっても子供にとっても惨いことである。

政策を止めてから謝罪まで40年近くかかった。それでもオーストラリア人には、未だに謝罪をすることに批判的な人もいる。ハワード前首相もその一人。テレビインタビューでは教育費用を出してあげたんだから感謝すべきだという意見もあった。
謝罪したことにより、個人補償の問題もでてくる。だからこそ、大きな一歩なのだろう。
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by yokopw | 2008-02-22 21:33 | 映画  

「凧を追いかけて」(Kite Runner)

アフガニスタン人であるカレド・ホセイニ著のここ何年ものベストセラー。当然、映画化されて2月9日より日本でも公開されている。
ベストセラーであること以外、よく知らずにアメリカからのお土産で買ってきてもらったのだが、あっという間に引き込まれた。

舞台は1970年代のアフガニスタン。アミールとハッサンは同年代で兄弟のように一緒に育ってきたが、立場は全然違う。アミールはパシュトゥーン人(多数派で支配民族)でお父さんは勇敢でビジネスにも成功し、友達や隣人からも尊敬を集めている。一方ハッサンはハザラ人(少数派)でお父さんはアミールのお父さんの召使として働いている。
彼らの良好な関係は凧大会の日が最後となる。空に多数あがった凧がお互いに競り合い、残ったものが優勝するというのは日本と同じ。加えて、アフガニスタンでは、負けて落ちてきた凧、特に最後まで競り合った凧を手に入れると自慢できるらしく、みんなが落ちてくる凧を追いかける(kite runner)。ハッサンは、アミールのために凧を追いかけ、人気のないところに入り込み、パシュトゥーンのいじめっ子(っていうより根っからの悪)に絡まれ、レープされる。ハッサンを追いかけたアミールはこれを目撃するが恐怖から(加えて、ハッサンを結局友達とは思っていなかったからか)何もしない。
罪の意識に苛まれ、その後、アミールはハッサンを遠ざけるようになる。その後ソビエト侵攻でアメリカへ亡命。

20年後、ある電話がアミールをタリバン占領下のアフガニスタンに行くことになる。そして、最終的に、アミールはハッサンの子どもを養子に迎え、カリフォルニアで一緒に凧を上げる。

この映画はアメリカでも注目を集めている。ベストセラーをもとにしているからだけではない。出演した4人のアフガニスタンの俳優が、レープシーンが原因で脅迫されたことにより、スタジオは映画の封切を1ヶ月遅らせ、また、彼らとその家族はアラブ首長国連邦に亡命することとなったからである。下火になっていた民族間問題も、再燃するのではとの見方もでている。

これは小説であり、事実を綴ったものではないが、ここから、アフガニスタンの生活やアフガニスタン人の目から見たソビエト侵攻やタリバン政権を垣間見ることができる。例えば、凧上げはアフガンの子どもの間で人気があるとか、婚約前にデートはできないとか、夫が浮気をすれば妻の責任だとか、当初、ソビエト兵を追い出したタリバンは英雄だったが、徐々に恐怖の的になってきたとか。

9.11以降、アフガニスタンやタリバン政権についてちょくちょくニュースで聞く。小沢民主党代表が補給間をインド洋に派遣するより、アフガニスタンの陸に自衛隊を派遣するべきだとの意見を展開した作秋以来、特にである。

アメリカやNATOの要請を受け、数日前にドイツが派兵を決めたとのニュースを聞いたが、アフガニスタンの情勢は悪化しているようである。日本も人ごとではないであろう。

ところで、日本での映画のタイトルは、ハッサンがアミールに言っていた口癖、「君のためなら千回でも」である。どっちがより惹きつけるか?
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by yokopw | 2008-02-15 00:26 | 映画  

Proof of My Life

邦題がProof of my lifeで、原作のタイトル“Proof”よりも、映画の解釈が入り、わかりやすいタイトル。
見る人によって、この作品の意図を様々に解釈するのではないか。考えさせられる映画である。ここでの証明には、「数式の証明」と「誰が証明をしたか」という証明の意味が兼ねられている。加えて、生きている証(あかし)というのもあるのかも。

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Catherine (Gwyneth Paltrow) は、 父から数学の才能を受け継ぐものの自己表現が下手で不器用。
一方、姉のClaireは、NYで猛烈に働いてキャリアを築いているエリート。

晩年、気が狂った天才数学者の父Robert (Anthony Hopkins)を、姉のClaireが施設に入れるべきという意見も無視して、自分の大学生活を辞めて看病する。看病をするうちに、父が取り組んでいた超難解な証明を、彼女が解く。

父Robertの葬儀後、彼の助手であった男子学生Hal に気を許し、彼女が解いた証明も見せる。しかし、唯一の彼女の理解者であったHalもすぐには彼女の証明とは認めない。むしろ、Catherineには無理だと彼女の主張を受け入れず、Catherineは自分の世界に閉じこもってしまう。最終的には、Halが他の大学教授等の助けをえて、証明が間違っていない、そしてその証明は彼女がやったものであるということを信じ、Catherineの心を再び開く努力をするところで、映画は終わる。

お姉さんのClaireは、一般社会の反応の代表という感じ。父と妹が没頭する「真理の探究」には敬意を払いつつも、真理より実利を追求。
では、Halは? 彼は自分のことで手一杯、相手を傷つける言葉をズバズバ言ってしまう天才と、一般社会との間を橋渡しできる存在。Catherineの心を唯一つかんだものの、いざ、「誰が証明を解いたか?」という場面では、彼は、Catherineが大学にもろくろく行っていない等等、Catherineの主張を受け入れなかった。何故だろうか。彼の数学者としての嫉妬のようなものがあったからだろうか。

「誰が証明を解いたか」の証明では、日付とか、筆跡とか、非科学的な事柄ばかりが列挙されてくる。結局、彼女は「自分が証明した」ことを自分で証明することを諦めてしまう。何のために「彼女が証明した」かを証明をする必要があるのか、わからなくなってしまったんだろう。

若いときに天才数学者として名を馳せ、後年精神病を患うという設定は、Nash 教授をもとにした実話、"Beautiful Mind"を連想させる。
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by yokopw | 2007-01-11 23:45 | 映画  

イノセント・ボイス 12歳の戦場 (VOCES INOCENTES)

1980年代のエルサルバドル。政府軍と、貧しい農民を中心に組織された反政府ゲリラFMLNとの激しい内戦が繰り広げられる中、11歳の少年チャバが懸命に家族を守り、生き抜こうとする姿が、実話をもとに描かれている。
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驚いたのは、当時のエルサルバドルは12歳で徴兵。それも、いきなり政府軍が学校にやってきて、12歳になった少年の名前を読み上げ、誘拐同然で強制的に連行していく。反抗する子は年齢に関係なく連れて行く。学校の先生も一応は抵抗を試みるが、武器をもった相手になすすべはない。それ程、政府軍は絶対的な権力を振るっている。なお、この政府軍を訓練しているのはベトナム戦争帰りのアメリカ兵。
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親は必死に、誕生日が来てもチャバは11歳のままと言って、彼を守ろうとする。しかし、毎日、銃弾にさらされ、信頼していた学校の先生は目の前で政府軍に暴行を受け、最終的には処刑され、初恋の女の子の家は焼かれ、好きなおじさんはゲリラ戦に加わっているという日常が、彼を自立させ、親には内緒でゲリラに志願する。
いくら親が子供扱いしても、徴兵という現実があり、いくら政府軍から逃れられたところで、家にまで銃弾が打ち込まれてくるような中で、残る選択肢として少年たちが思いつくのは、ゲリラ軍に入ること。12歳とはいえ、過酷な選択を迫られる状況が鮮明に描かれている。
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結局、チャバは政府軍につかまり、処刑される直前で幸運にも逃げ出すことができ、最終的にはアメリカに亡命する。10年以上内戦は続いていたわけで、多くの少年がよくわからないままに犠牲になっていったんだろうが、もし生き延びているとすれば、今、30歳くらいだったりすることになる。エルサルバドルは中南米の中でもかなりの経済成長をとげているらしいが、内戦の禍根が薄れるまでに、まだ後半世紀はかかるっていうことなのかな。
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by yokopw | 2006-11-30 23:28 | 映画  

スタンドアップ (North Country)

ミネソタの鉱山での実話を元にした映画。映画としてはまあまあだったかな。
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ストーリー自体は、1980年代、暴力を振るう夫から逃げ出したJosey Aimes (Charlize Theron)は、働く必要に迫られ、鉱山で仕事を見つける。だが、肉体労働で圧倒的に男社会である鉱山という職場において、数少ない女性労働者はセクハラに黙って耐えているだけ。会社社長に直訴をするが解雇され、その女性が中心となって会社を訴えるように周りを説得。誰もが知り合い、鉱山関係者がほとんどという田舎町において、当初は誰も彼女に味方しないが、徐々に彼女に賛同するものが増え80年代後半にクラスアクションを提訴。約10年後の98年に決着という話。

Julia Robers演じた映画“Erin Brockovich” に似ている(1993年にカリフォルニア州の大手企業PE&Gを相手取って訴訟を起こし、3億ドルの和解金を勝ち取るというストーリー)。 アメリカの片田舎の鉱山という最も男性中心・保守的な職場においてのセクハラ事件とはいえ、80年代後半というそう15年くらい前に起きていた話という点で興味をそそられたが、映画のストーリー展開とかは、同じく鉱山労働者で娘の行動に冷淡だった父親が娘をかばって演説に立ったところはおおおぉと思ったが(最もその点はフィクションかノンフィクションかわからないけど)、後は淡々としていてちょっと面白みに欠ける印象。
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by yokopw | 2006-11-30 22:59 | 映画  

プロデューサーズ (Producers)

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ミュージカルでかなり評判が高かっただけに、ちょっと期待外れ。
映画はメル・ブルックスの1968年の監督作品「プロデューサーズ」のリメイクということになるが、ミュージカルと同じディレクター、同じ歌で殆ど同じキャストらしい。

「売れないミュージカル」を作って、制作費を持ち逃げしようと、最低の脚本に最低の演出家をそろえる。それが何故か予想に反して当たってしまうというもの。ストーリーも独創的だと思うが、設定にもひねりが加わっている。主役で落ち目役のプロデューサーMax Bialystockと小心者の会計士Leo Bloomはユダヤ人という設定。さらに、誰もが「そうだよなあ~」と納得する最も売れなさそうな脚本っていうのが、ヒトラーを礼賛する「春の日のヒトラー(Springtime for Hitler)」。
つまり、ブロードウェイでお金を握っているのはユダヤ人だし、彼らが考える最低のミュージカルというのは、当然、ヒトラーの礼賛。プロデューサーにとっては最低だと思う内容のミュージカルでも、当たるかどうかは客の気分次第ということも皮肉っているのかな。

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プロデューサーMax役のNathan LaneもLeo役のMatthew Broderickも、その多芸さは十分発揮されていたと思う。また、スウェーデンの女優志望という設定のUma Thurman
もかなりインパクトがあった。
それでも、何故か、うたっている間とか、間延びしているというか、集中力がとぎれてしまうところが結構あった。

一人とかあるいは三人くらいの人数で、ドタバタ踊りながらダンスというのは、ミュージカルでは動きに惹き付けられるので、多少同じような動作の繰り返しになったりしても十分楽しいが、映画だとそういう迫力がなくなってちょっと飽きてしまった気がする。
監督は映画には初挑戦だったらしいが、やはり映画とミュージカルとでは、アピーリングポイントが違うようだ。

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とはいえ、終わり方も非常にコミカルで、「転んでもただでは起きないユダヤ人」的なところを表していて、ストーリーは最後まで面白い。
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by yokopw | 2006-11-02 23:40 | 映画  

M:i:III / トムクルーズのPR

あまり前評判はよくなかったので、それ程期待せずにみたが、ストーリー展開や映像に目新しさとかはないものの、やっぱりトムクルーズは格好いいし、飛行機の中での暇つぶしみたいな目的にはいいかも。Mission impossibleって1も2も、misshionがというより、そもそもストーリーがimpossibleって感じで、この現実離れしたアクションは面白い。

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そういえば、この映画のプロモーションのため、今年の夏、トムクルーズが東京にやってきて、新幹線を借り切ってファンサービスしたり、国土交通省に行ったり、お台場に海から登場したり等等派手なイベントを繰り返したらしい。テレビに映画の予告を流すかわりに、こういったイベントに予算を使い、それを報道で取り上げてもらうというPRの常套手段をかなり大規模に展開したんだろうけど、あまり日本でもアメリカでもニュースにならなかったような気がする。
もしかしたらワイドショーとかで結構扱っていたのかもしれないけど、少なくとも私の周りの人たちは、「へぇ トムクルーズ来てたんだ」くらいな感じだった。

もちろん、新幹線にトムクルーズと同乗できたファンにとっては一生思い出になるだろうけど、映画のプロモーションが目的であれば、根強いファンはほっといてもみてくれるわけで、このイベントを大々的にニュースにしてもらわないと意味ないよねえ。
どのくらいの予算を投入したんだろう。で、効果はあったのかなぁ。
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by yokopw | 2006-10-30 21:10 | 映画  

父親たちの星条旗 (Flags of Our Fathers)

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硫黄島の戦いの現場、個々の米兵や日本兵の視点を描いているというより、星条旗を掲げているこの写真の6名の登場人物を中心に、戦場、そして戦後の人生を追うストーリー展開。 6名の人物について、戦場と戦後の様子を繰り返し繰り返しフラッシュバックしながら進められており、加えて、6名の中心人物以外で、実際に硫黄島で戦った兵士などのインタビューなども盛り込まれており、これは誰だ?いつの話だ?と追っかけるのに結構疲れた。

星条旗を揚げるこの写真は私もどっかでみたことがあると思うほど有名。この写真が戦時中に新聞に掲載されるや、国は"victory"の象徴として、彼らに目をつける。直ぐ国内に連れ戻すよう命令するが、すでに3名は戦士しており、3名のみが帰国。そこで“英雄”として担ぎ出され、特に、国債の購入などのPRに活用される。3名のうち1名は、前線から外されていたメッセンジャーでかなり積極的に“英雄”の役を演じきるが、残りの2名は戦死した戦友や今も戦場で戦っている兵士を思いながら、“英雄”として扱われることに苦悩する様子が描かれている。

戦場の前線に立ち、他から“英雄”と見える人程、自分が生きているという事実に謙虚になり、自分は英雄ではないと苦しみ、前線に立っていない兵士や国民の方が“英雄”を作りたがるような気がした。視点によって“英雄”の定義が変わるということをテーマにしている点は、「戦火の勇気 (Courage Under Fire)」を想起させる。

ただ、これがメインテーマであるなあらば、別に戦場はどこでもよくって硫黄島である必要はなく、実際、日本軍はあまり描かれていず、印象も特になかった。折角、日米の視点から2部立てで制作しているなら、もっと、個人の日本兵と米兵とのやりとりとか、今、両方の兵士が同じ場に集って慰霊式を行っているようなことに繋がるような話とか、とりあげればよかったのにと思う。
(ノーマンズランドは、戦闘中の両方の兵士個人に焦点をあてていて、かなりリアルだと思う。さすがヨーロッパ)
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by yokopw | 2006-10-29 00:28 | 映画