シザーハンズ/ Edward Scissorhands

Matthew Bourne振り付けのシザーハンズを見てきた。
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歌いながら踊るようなミュージカルをイメージしていたが、会話や歌は何もなく、ひたすらダンスや動きで表現する舞台となっていた。会話も何もないのに主要な役以外にもいろいろな登場人物のキャラクターがしっかり表現され、動きや衣装などコメディータッチで、面白さと悲しいストーリーがブレンドされている感じだった。ダンスの見せ場としては、自分の手が普通の手だったらという想像のシーンを個性的な格好をした木に囲まれながら踊るところや、シンプルなキムとエドワードのデュエットのところが、印象的だった。ほかの場面での様々な動きが古典的なバレーの動きを一層際立たせていたように思う。

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ダンスをより一層面白くしてくれたのが、Matthew Bourneのトークショー。本人の希望とかで、会場からの質問に応えるという形で30分程度、舞台が終わった後に開かれた。このシザーハンズの主題は?ときかれて、安直に"love"とかかなあって思いきや、"tolerance"と。以外な単語ではあったが、一方で納得。エドワードは「普通」の人と手がはさみというところで違っていて、差別を受け、それを乗り越え、受け入れてもらうというプロセスを経るが、この「はさみ」は皮膚の色でも何でも一緒。また、外見にとらわれない内面の美しさを描き出したかったといっていた。映画からヒントを得たといっていたが、エドワードがチアリーダー姿のキムの写真に人目ぼれするシーンについて、チアリーダーは手にボンボンをもっていて、エドワードは自分との共通点を感じたのではないかといわれ、そこまで考えられているんだと関心。

また、endingが映画とは違っていて、ちょっと曖昧というか幻想的な終わり方になっていることについて、体がバラバラに引き裂かれるというような終わり方も考えたが、みんながどうなったんだろうって考えるような方法にしたかったとのこと。
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振り付け師あるいはダンサーにとって重要なことはとの質問には、"yourself"といっていた。彼にとっては言葉ではなくダンスがstory tellingの手段であり、自分を表現する手段であると。どの分野も最後は"myself"ってことか。それにしても、ダンサーを使って、美しく、かつ、個性的に表現する手段をもっているっていうのはうらやましい。
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by yokopw | 2006-08-19 23:29 | 芸術  

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