『グーグル Google』 by 佐々木俊尚 

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『ウェブ進化論』との相違でいえば、ウェブ進化論がグーグル及びグーグルが巻き起こしている変革に楽観的・好意的な立場から記述しているのに対し、この本では、いいところもあれば、危険性もあるという、より中立的な視点で描かれている。

例えば、グーグルが一方的にアドセンスを停止する行為や、中国政府の要請に応じた特別な検索エンジンの提供やグーグルマップからの米軍基地写真の消去など、グーグルの一私企業として、「公平・中立」ではない行動についても言及されている。私が疑問に思っていた点などにも触れられており、共感をもって読めた。
著者本人が、1999年、38歳の時に、「ネットバブルに幻惑されて」毎日新聞社を退職し、インターネットの世界に飛び込んで、痛い目にあったということもあって、客観的な視点をもっているのかもしれない。
また、日本では、グーグルによる変革は、地方の中小企業において、実際に目に見える形で始まっているという例をだしている。

ただ、どちらの本も、「新たなイノベーションを無視している間にも、インターネットの世界はおそろしいほどの勢いで進化し続けて」おり、「グーグル的「権力」が世界を覆いつつある」と、日本のエスタブリッシュメント層を中心に、警鐘を鳴らしている点は共通している。
そして、グーグルの出現により、インターネットで構築されている「あちら側の世界」が、「こちら側の世界」、つまり、リアルな私たちの日常生活や社会秩序をも大きく変容する可能性(おそれ)があることを指摘している。
インターネット社会、知識資本、ネットワーク商取引などの言葉で表現される新時代に、時間の長さや生産高の重量など、結局のところ、どんなかかわりがあるのだろう。速さや知識、創造性がものを言う世界なのに、プロジェクトに注いだアテンションによってでなく、仕事に要した時間の長さや、出荷可能な製品の重さなどの基準で私達の多くが報酬を得ているのは、奇妙なことではないか。

情報過多の時代において、有限のアテンションの取り合いになっていることは、すでに「マーケティング」や「ブランディング」の重要性が高まっていることからも明らかだが、これが勤務体系や契約体系などの社会秩序に反映されてくるというのは、う~~ん、どうなるんだろう。
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by yokopw | 2006-05-09 19:45 | communication  

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